モンスター

 実在したアメリカの連続殺人犯,アイリーン・ウォーノスの伝記風映画。監督のパティ・ジェンキンス(これがデビュー作とは!)は,獄中のアイリーンと頻繁に接触を取り,遂に映画化権を手に入れたとのことで,その努力が見事報われた形だ。
 再映を機に観たんだけど,もうほんとにすばらしい作品で,封切り時にスルーしてたことが悔やまれてならない。何の希望もない重苦しい作品ではあるけれど。今回観たソラリア・シネマは,上映中も非常灯をつけっぱなしで鬱陶しくてしょうがなかった。別の劇場で観たかったなあ。
 詳しくは後述するけど,この作品はエンドロールの鑑賞必須! 内容と強く結びついた曲が流れるから。エンドロールまで含めて映画,ということをきちんと訴えているので,エンドロール鑑賞厳守保守派としては,それだけでも本作を支持します。そういや最近の例*1では,ピクサーなんかはNG集を流すことできちんとエンドロールまで見せる工夫をしていてえらい。
 ただ,つまんない作品のエンドロールまで見てらんねえって人の気持ちもわかる。みんな暇じゃないんだし。作品がよくても,辟易するほどの長さのエンドロールもたまにあるしなあ。『ロード・オブ・ザ・リング』エクステンデッド版のなんて,たしか20分くらいあったぞ。関わった人数を考えると,仕方ないとはいえ。


 と,ここで閑話休題。本編に関して。


 映画は,幼少期の夢を語るアイリーンのモノローグで始まり,直後に現在の彼女の絶望に満ちた姿が映し出される。父の友人から性的暴行を受け,家を飛び出した彼女は,売春で生計を立てていた。人生に絶望したアイリーンは,安酒場で一杯飲った後に自殺するつもりだ。しかし,そこで自分に好意を寄せる少女セルビーと出会い(ここで Journey "Don't Stop Believing" が流れる),彼女と生きていこうと思い直すが…。
 セルビーと暮らす資金のための売春でレイプされかけ,相手を銃殺してしまう。
 手に職がなく教養もない彼女には就職も見つからない。
 必然的に彼女は,売春を持ちかけた相手を次々と殺して金を奪っていく。
 しかしその過程で警官を殺してしまい,彼女の似顔絵がテレビで公開される。
 それでも売春を続けるしかない彼女は,自分に救いの手を差し伸べようとしてくれた善人をも射殺する羽目になってしまう。
 そして逮捕。
 こんなふうに,彼女の希望はひとつひとつ冷酷に打ち砕かれていく。社会への希望,自分への希望,そしてセルビーへの希望という順で。はじめは「社会が悪いんだ」式の言い訳でどうにかこうにか自己弁護できてるんだけど*2,善人を殺してしまった時点でそれも不可能になる。最終的に,彼女に最後に残された拠り所のセルビーすら彼女を拒絶し,映画は,世の中のすべてへの憎悪のモノローグで終わる。


 そしてそして,このあとエンドロールで流れるのが,あの "Don't Stop Believing" ! この曲はアイリーンの人生唯一の希望を象徴する曲だけど,同時にそれは最大の絶望を象徴する曲でもあるわけで。あらゆる救済の可能性が閉じられた彼女に向かって,そういう二重の意味を込めたぎりぎりのレクイエムとしてこの曲を流した監督に,もはや何も言うことはない。構成として完璧だと思う。ほんとうにいい作品を見せてもらいました。

*1:ファインディング・ニモ』はどうだったか忘れたけど,『モンスターズ・インク』とか。あと『マッハ!!!!!!!!』もそうだった。

*2:アイリーンは心底憎むべき殺人鬼としては描かれていない。現に,恐る恐る売春を持ちかけてくる30代童貞は殺さずに見逃す。