ヒトラー 〜最期の12日間〜

 ヒトラーを人間的に描いたということでドイツ本国では大きな話題になったらしいが、それほど問題作でもないかなあ、というのが率直な感想。ある程度好感の持てる人間として描かれているのかと思い込んでいたが、被害妄想の強い、コンプレックスまみれの男として描写されていた。じゅうぶん嫌な奴なんだが、これでも問題になるんだなあ。

 作風に関して言えば、やはりドイツではきわめてデリケートなテーマだからか、作品はことさらドラマチックに盛り上がることはなく、淡々と第三帝国の破滅が描かれていく(原題は、Der Untergang:破滅)。主役はヒトラーというよりも、第三帝国そのものといった感があり、群像劇的。

 個人的にはゲッベルスにもうちょっと焦点を当てて欲しかったところではあるのだが、作品の扱う時期的にしょうがないか。ひとつの問題について四つの異なった見解を説得的に主張するという特技とか見たかった。


 なお、本作のいちばんの見所は、『キネマ旬報』のクロスレビューでも触れられていた、ゲッベルスの妻に関するエピソードだろう。 彼女は、「ナチスの滅んだ世界に子どもたちが育つのはかわいそうだ」といって、六人の子どもをみずから毒殺するのだ。信仰という行為が示す、悲劇性と一抹の崇高さとを示す衝撃的エピソード。

 もっとも、前川道介『炎と闇の帝国:ゲッベルスとその妻マクダ』(白水社)によると、彼女はナチスの思想にはけっこう懐疑的な人物であったようで、夫ゲッベルスには複雑な感情を抱いていたみたいだし、子どもを殺す動機も、「ゲッベルスの子であるということで、これからの生涯で迫害を受けさせるには忍びない」ということだったらしい。映画の原作は未読だが、そのへんどうなってるんだろう。 やはり読んでおくべきなのか…。